書評☆5: 右翼と左翼 | 平等と自由をめぐる世界の大論争の根本理解は一生モノの教養

politics/book
概要
  • 書名: 右翼と左翼
  • 副題:
  • 著者: 浅羽通明
  • ISBN: 9784344980006
  • 出版: 2006-11-01
  • 読了: 2022-09-22
  • 評価: ☆5/5

2022年8-9月にかけて、「話題: Pleroma元トップ開発者Alex Gleasonの開発コミュニティーからの追放 | GNU social JP」、「話題: 欧米のFOSSコミュニティーの政治的対立の経緯 | GNU social JP」、「告知: gnusocial.jpの初の被ドメインブロック | GNU social JP」の騒動がありました。

これまでほとんど興味のなかった左翼と右翼という政治的な思想が分散SNSにおいて非常に重要なキーワードだと認識しました。その最中に、以下の投稿で本書が推奨されており、興味を持って読みました。

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GNUsocialjpがどんなサーバーかは行ってみれば管理人さんのプロフィールがあるから分かる 左派右派の違いは少し古いけど「右翼と左翼」という新書を読めばだいたい分かる

読了自体は2022-09-22ですが、書評にするには内容が重く感じたため、後回しにした結果、図書館の次の予約が入って返却せざるを得ないこのタイミングでの書評となりました。

評価

政治的な思想、立場でよく耳にする「右翼」「左翼」という言葉の意味を真っ向から説明するものでした。基本的に、複数の入門書や概説書の内容をとりまとめたものになっています。文系のライターっぽく、少々回りくどい書き方になっていますが、それでも読めばどういうものか理解できるものになっています。

辞書上の言葉の定義から、言葉の起源となったフランス革命、その怒涛の展開、思想家の自由と平等、近現代史、と必要な事項が一通り網羅されていました。

重要な内容をかいつまんで説明します。

まず、右翼と左翼という言葉は、フランス議会が起源となっています。国王による否決権、二院制を支持する議員が議長からみて議会の右側に固まって着席したことから、保守派が右翼、逆が左翼と呼ばれるようになりました。

左右という言葉の方向・基準は、人権、平等、自由に対するものです。

左右のそれぞれの基本的な価値観は以下のとおりです。

  • 左: 革新、国際、理性、自由。平等、自由、人権を重視。
  • 右: 保守、民族、感情、伝統。

左が平等、自由、人権を重視し、これを推し進めるというのが重要な概念で、これと反対して、伝統的なものを重視するというのが右というのが基本的な概念です。

また、左右というのは、相対的な側面もあり、フランス議会で当初王党派を議会から駆逐した結果、左派の中で右派的なものがうまれ、そこから極左が独裁を実現することで、右に寄り戻すというのが繰り返されます。

この寄り戻しにあるとおり、左派はさらに平等をどこまで推進するかで細分化され、以下の3分類となります。

  1. 自由左翼: 市場主義。人権派、リベラル。
  2. 権力左翼: 共産主義。旧ソ連、日本共産党。
  3. 反抗左翼: 無政府主義。文化人。

自由よりも平等を重視して、経済にまで平等・民主主義を展開するのが、権力左翼で共産主義です。そこまでせず、市場主義を採用するのが自由左翼でリベラル。またこれとは別で、さらに自由を進めるのが反抗左翼、新左翼と呼ばれる新しい左翼的な概念だそうです。

平等、自由、人権重視というのが重要な概念で、中国や韓国の反日運動は、民族的なものなので一見右にみえますが、根本が植民地支配への解放運動になるから、右ではなく左とみなすとのことです。

参考
p. 14: プロローグ

いや、一応は理解できるという人でも、ちょっと突っ込んで考えてみると、よくわからなくなってくるのが、この対立なのです。たとえば、ヨーロッパ各国で、移民排斥を叫ぶネオ・ナチ敵勢力は、「右派」「極右」と呼ばれます。イスラエルの対パレスチナ強硬派も同様に「右派」です。排外的なナショナリストは普通、「右」とされますから。しかし、それでは、韓国や支那で激しい反日運動が起こったとき、そうした動きを「右傾」化とか「右翼」の台頭とか呼ぶでしょうか。絶対、いいませんね。盧武鉉政権は、異論なく「左派」政権とされています。また、日本では「左翼」は、憲法9条を護り反戦平和の主張をする人々とイメージされるのが普通です。では、ミサイルや核で近隣を騒がす北朝鮮は、その反対で「右翼」的な国なのでしょうか。最近の支那が、軍備増強していると警告する人もいます。彼らは、支那の「右傾」化を憂いているのでしょうか。そうした表現もまず聞きません。

本書を読まなければ理解できない、左右の典型的なクイズが出されていました。

p. 15: プロローグ

本書の構成が上記のようにまとまっていました。

  1. 1章: 「右」「左」本来の定義の説明
  2. 2-4章: 右-左の対立軸が生まれた18世紀末のフランス大革命から、政治や社会思想の中心をなした19-20世紀までの歴史をなぞった根幹の価値対立の解明。
  3. 3-4章: 混乱しがちな概念の自由、平等が、左右に分かれるケースと経緯。
  4. 5-7章: 日本の近現代史。

1-3 (1-4章) が特に私には重要でした。

p. 39: 辞書の定義ではどうなっているか?

複数の辞書の左右のそれぞれの定義を確認して、言葉の本質を整理していました。まとめると以下となります。

  • 右、右翼: 「保守・反動・漸進」を特徴として、具体的には、「国粋主義」「民族主義」「ファシズム」「超国家主義」「反共主義」などが例。
  • 左、左翼: 「革新・進歩・急進 (含む過激・革命)」を特徴として、具体的には、「社会主義」「共産主義」「無政府主義」(状況によっては、「自由主義」「民主主義」) などが例。
p. 42: 保守・進歩の基準

左右の定義で登場した保守・進歩の基準が「政治学事典」と「コンサイス20世紀思想事典」からまとめられていました。「朝日現代用語知恵蔵」2006年からずばりこれというものがありました。

「左」「左翼」は、 人間は本来「自由」「平等」で「人権」があるという理性、知性で考えついた理念を、まだ知らない人に広め、世に実現しようと志します。これらの理念は、「国際的」で「普遍的」であって、その実現が人類の「進歩」であると考えられるからです。ですから、現実に支配や抑圧、上下の身分、差別といった、「自由」と「平等」に反する制度があったら、それを批判し改革するのが「左、左翼」と自任する人の使命となります。ゆえに多くの場合、「改革派」「革命派」なのです。また、そうした改革、革命は、支配や抑圧、身分の上下、差別によってわりを食っていた下層の人々の利益となるはずです。ゆえに「下層階級」と結びつきます。以上の前提には、「政治や経済の仕組みは人間の手で作り変えることができる」という考え方があります。


対するに「右」「右翼」は、「伝統」や「人間の感情、情緒」を重視します。「知性」や「理性」がさかしらにも生み出した「自由」「平等」「人権」では人は割り切れないと考えます (「半合理主義」「反知性主義」「反啓蒙主義」)。ゆえに、たとえそれらに何ら合理性が認められないとしても、「長い間定着してきた世の中の仕組み (「秩序」) である以上は、多少の弊害があっても簡単に変えられないし、変えるべきでもない」と結論します。

こうした「伝統」的な世の中の仕組みには、近代以前に起源を有する王政、天皇制、身分制などが含まれ、それらは大方、「階層的秩序」「絶対的権威」を含んでいます。「右、右翼」と称する人は、それら威厳に満ちた歴史あるものを貴く思って憧れる「伝統的感情」を重んじ (「歴史主義」「ロマン主義」)、そんなものは人権虫で抑圧的だなどとさかしら (「知性的」「合理的」「啓蒙的」) に批判する左翼らが企てる「革命」「改革」から、それらを「保守」しようと志します。

ここで「保守」すべき「歴史」「伝統」は、各国、各民族それぞれで独自のものとならざるを得ないので、「右」「右翼」はどうしても「国粋主義」「民族主義」となって、「国際主義」「普遍主義」と拮抗するようになります。


すなわち、「自由」「平等」といった価値をより実現しようとする思想、政治的立場ほど、「左寄り」なのです。それらがよからぬものとして否定し覆そうとする「伝統的秩序」を、より尊重し守ろうとするほど、「右寄り」なのです。

p. 46: 左ー右の謎

p. 42から左と右の根本的な部分の説明がありましたが、これだけでは説明が難しい例として以下がありました。

  • 市場原理主義
  • 社会主義
  • 民族解放運動

正解は、右、左、左になると思います。

p. 50: 9.11に始まる–「右翼」と「左翼」が誕生した日

左右がなぜ上下ではなく、左右と呼ばれるのかという歴史的な話の説明が2章であります。

1789-09-11のフランスの国会が起源でした。フランス初の憲法制度の議会で、議案は以下の2件。

  1. 国王に議会が決した法律を否定する拒否権を与えるか否か。
  2. 議会は一院制がよいか、庶民院と貴族院との二院制とするか。

このときに、国王の拒否権を否定し、一院制を支持した議員が、扇形の議席の内、議長からみて左端に集まり、国王の拒否権を認めて、二院制を支持した議員が右端へ集まりました。これが左翼と右翼の言葉が誕生したときでした。

また、このときのフランスの議会での数年のできごとが、どんな思想、主張を抱く党派がどのような情勢下で左、右とされるかという世界各国で繰り返されるパターンの原型が出尽くしました。非常に重要なできごとになっています。

なお、先の2の議案で、国王の拒否権を認めることは、伝統的な国王の支持で保守=右翼、二院制は貴族の特権を守ることになるので右翼になります。

p. 57: その後

先の議会では、結局どちらも左翼が勝利となります。ただ、その後怒涛の展開がありました。決着を受けて、王党派=右翼が引退、逮捕され従来の右の議席がなくなります。

空席には中間派が座ることになります。その後の議会ではほぼ全員が民主主義の状況で、別の観点で意見が分かれます。貧富の格差です。自由主義の是非です。

このときに、当時の極左翼は貧困層を助けるために、経済にも民主主義を進めます。社会的民主主義、共産主義です。

富裕層、財界は当然反対するため、政策の実行は停滞します。そこで、極左翼が独裁、恐怖政治を始め、右翼を抹消していきます。ただ、このような恐怖政治は長くは続かず、一斉反撃を受け、自分たちが抹消されます。

左翼が急進しすぎると、右に戻るという繰り返しです。

p. 78: 「自由」と「平等」–どちらがより「進歩的」?

2章のフランス革命の話が終わり、3章になります。経済の民主主義を実現した極左翼の恐怖政治、最革命のキーワードにあった自由と平等のどちらが重視されるかの話です。

自由と平等のどちらがより急進、進歩とみなすかという話です。フランス革命の思想家のヘーゲルとマルクスでは、平等を優先します。経済の民主主義を実施したことからわかります。

社会的平等を目指した旧ソ連や中国、北朝鮮に自由などがないのがわかります。

共産主義国で「自由」と「人権」を求めて闘うと、「右翼」の扱いになります。平等が優先されるからです。

p. 80: ヘーゲルとマルクスの自由

なぜ平等を重視するのかという話が、ヘーゲルとマルクスの考える自由から説明されていました。

  • ヘーゲル: 他を抑圧しない、自分のみならずあらゆる人間が「自由」と認識して、他人を侵害せず、公共的な生き方が自由。
  • マルクス: 資本の束縛から解放されて、資源を全て共有して自分のために働き、過ごすこと。

他人や資本からの解放という、共産主義的な自由の捉え方だったようです。

p. 96: 左翼の分類

フランス革命のときから、右翼を追放することで、元々左翼だった人達が右翼側のポジションになることがありました。このことから、左翼を3に分類していました。

  1. 自由左翼: 市場主義。人権派、リベラル、ジョン・ロールズ。
  2. 権力左翼: 共産主義。旧ソ連、日本共産党。
  3. 反抗左翼: 無政府主義。文化人。

同じ左翼でも自由をどの程度許容するのかなどで中身が違うことがわかります。

p. 114: ネオ・ナチが極右な理由

プロローグでネオ・ナチやイスラエルの対パレスチナ強硬派を極右とした理由がありました。フランスなどで、隣国との資本家同士、企業同士の競争が過熱して、他国を敵として、国民が団結する国家主義が盛り上がった結果だそうです。その際に、王政の支持が高まったようです。

p. 118: 韓国、支那が右でない理由

プロローグの韓国、支那が「反日」を叫んでも「右傾化」と呼ばない理由の説明がありました。

19世紀末に入り、植民地など本国から他国へ派遣された人々が登場してきて、祖国のない労働者が増えてきました。そのときに、国境を超えてつなぐ共産主義的な左翼が、インターナショナリズムを唱えるようになりました。

しかし、20世紀に入ると、また逆転が起こります。民族国家、国民国家を樹立して、白人支配者の鎖からの解放運動がありました。

韓国や支那が「反日」を叫んでも「右傾化」と呼ばないのは、「反日」が支配民族の「日本人」と闘って、社会主義的な、つまり「左」「左翼」的な「解放」「独立」を勝ち取った延長上で主張されているからです。

p. 233: 「意味に飢える社会」へと辿りついた「左」「左翼」–敵を必要とし続ける思想

フランス革命で怒涛のできごとのあった左翼が抱える問題についてありました。これまでは王政のようなわかりやすいものがったが、自由や平等が完全、十分に実現したとき、何を基準とするかが困ります。拠り所がなくなって最終的には自己決定・自己実現へ行き着くとのことでした。

自由、平等の思想は、学校の国歌斉唱、国旗掲揚、教育一般など、問題、限界があるようです。かといって、右も、例えば左翼が親ソ支那だから親米になるなど、左に対した相対的な動きがあり、お互いに依存している部分もあるとのことです。

p. 246: 参考文献

多数の文献が参考文献として列挙されており、その数に驚きました。数が多すぎるので掲載は控えます。

その他、あとがきに本書の執筆の経緯などがありました。新書や文庫を中心とした概説書や入門書ばかりを資料として短期間で書き上げたそうで、著者は誰にでも書けるとありました。

では、なぜこんな本を書いたかと言うと、左右の対立軸についてよくわからなず、わかりやすく教えてほしいという読者がかなり存在し、この需要を満たす書物が存在しないということでした。

たしかに、これを読めばいいというのがなかなか思いつかないので、本書は良かったと思います。

結論

右翼と左翼という世界中で大論争になる根本的な政治的思想の解説でした。日本ではタブー視されており、重要であるにも関わらず、学校などでもほぼ学ぶことのない概念でした。

中国での人権活動家が右とみなされるように、左翼が右翼が追放するため、時代や情勢によって、その時その時の右的な立場が若干異なっており、少々ややこしいのです。平等、自由というキーワードを理解することで、概ね理解できました。

例えば、LGBTは左派、妊娠中絶の許可は左派、AIや新技術に積極的なのは左派など、あらゆる問題への基本的・根本的なアプローチが、このキーワードで判別・理解できます。

誰しも、無意識のうちに右翼や左翼の思想に基づく行動を取りえますが、実際、右翼と左翼がどういうものなのか、ちゃんと理解している人はそんなにいないと思います。

自分がどの立場になるか、周りの人間、主張してる人がどういう立場で、その根本には何があるかの把握に役立ち、お互いの意見の落とし所の模索にも役立ちます。

私自身は「右翼」や「自由左翼」に近いと思いました。また、無政府主義的な人達は反抗左翼になるというのも発見でした。

学校でも社会でも誰も教えてくれない、一生モノの教養が身につく非常に重要な書籍でした。政治的な議論に入る際には、参加者全員が理解しておいてほしい内容でした。

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